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14 juni 鎌倉あじさい紀行雨の季節に似合うもの―それは、あじさいの花だと思う。
どんよりとした厚い雲に覆われ、しとしと降る梅雨時、人々の目を引く季節の花だと思う。
あじさいの名所と言えば、関東地方では「あじさい寺」の異名のある鎌倉・明月院だろう。
境内の参道沿いにあじさいの株が植わっていて、美しい花が見る人の気持ちに感動を呼び起こす。
近所の生垣に植わっているあじさいもいいが、これだけの数がまとまって植わっていると趣が変わってくる。
薄い青色、深い紫色、白いもの・・・花の大きさも、手のひらほどのものから子供の顔くらいありそうなものまで。
雨の石畳。古いお堂が一つ。水溜りに映える一輪のあじさい。
そんな趣を期待して鎌倉を訪ねたのだが、実際は観光客で混み合っていた。
やはり、一番の見頃を迎えた名所に人が来ないわけはない。
北鎌倉駅では電車が到着するたびに大勢の人が降りるので、改札で行列ができる。
明月院に向かう道ですでに長い行列ができている。
もちろん、境内も混雑しているが、予想していたよりは花を楽しむことができた。
明月院の後、江ノ電に乗って長谷寺へ。
ここもあじさいの名所として知られている。
ところが、午後ということもあり長蛇の列ができていた。
急遽、予定を変更し、近くにある光則寺へ。
ここも花の寺として有名だが、長谷寺ほど混み合うこともなく、のんびりできる。
境内にはあじさいだけではなく、いろいろな花が植えられている。
そして、なぜか孔雀も飼われていた・・・。
雪のように白い花に心洗われる思いがした。
29 maart 夜桜見物21 februari 春はそこまで・・・古来、「花」と言えば「梅の花」を指していた。
2月は梅の花が咲く時期である。
吐く息が白い通勤の朝。
近所の家の庭先に美しい「花」が季節の移り変わりを感じさせてくれる。
今日は新宿御苑を散策し、可憐な白梅、目に鮮やかな紅梅を楽しむことができた。
2月とは言うものの、好天に恵まれた新宿御苑は、降り注ぐ日差しが暖かかった。
苑内を歩くと、一本の木に人々が注目していた。
何だろう?そう思って、近づくと、それは桜であった。
早咲きの桜として知られる「河津桜」だ。
あと一月もすればソメイヨシノが咲く頃だろう。
春が待ち遠しいのは、寒い冬があるからこそ。
冬には冬の楽しみもあり、楽しみをいかに見出すか。
日々の生活、大げさに言えば、人生も同じかも知れない。
春はそこまで・・・。
04 januari 横浜にて新年あけましておめでとうございます。
今年最初のお出かけは、おしゃれな街、横浜。
お昼を食べに中華街へ。
本場の麻婆豆腐が有名な店へ。
色が黒々としており、普通の麻婆豆腐とは違っている。
食べてみると、山椒が利いていて辛い。
でも、激辛というわけでもなくちゃんと食べられた。
食後は港の見える丘公園へ。
白い船が真っ青な海を進む。
その向こうには横浜ベイブリッジが白く輝いていた。
それから中華街に戻って、フカヒレまんを買って食べ歩き。
申し訳程度にフカヒレらしきものが入っていたけど、本当にフカヒレなんだろうか??
中華街にはいろんな店があって、ブラブラ歩くだけで中国旅行気分が味わえる。
雑貨屋とか食料品店を覗いて回るのも楽しい。
乾燥タツノオトシゴとか売っていたけど、一体誰が買うんだろう?
それから、寒い風にあおられながら、みなとみらいまで歩いた。
一日歩いたので帰りはやや疲れたが、楽しい一日だった。
こういう休日もいいものだ。
31 december ゆく年くる年2008年は仕事に追われた一年だったと思います。
転職して2年目ということもあり、任される業務も増えてきました。
と同時に、果たさなければならない責任も増えたわけです。
残業も休日出勤も増えましたが、それは自分に課された責任を全うするため。
要領が悪くて仕事が遅いという反省もありますが、確実に仕事を進めたいと思っています。
誰だって早く帰りたいし、休みの日には家でのんびりしていたい。
だけど、誰かがやらなければいけない仕事もあるわけです。
面倒くさくて、地味で、他人がやりたがらない業務。
その「誰か」に誰がなるか?
今年のブログを眺めて、「あまり出掛けていないなぁ」としみじみ思いました。
山にもあまり登っていないし、ツーリングにも出掛けていないし、新規の温泉開拓も・・・。
来年は、仕事の忙しさもありますが、メリハリつけていきたいと思います。
B級温泉めぐりツーリング。
夏山登山。
歴史探訪の旅・・・。
そして、楽しいブログにしていきたいものです。
いつもアクセスして下さる皆さん、どうもありがとうございます。
それでは、よいお年を。
16 november ジェベル復活!!ジェベルが復活しました!
毎日乗っているわけではないけれど、いつもの場所にないと寂しい・・・。
今日、バイクショップに引き取りに行き、久しぶりのご対面。
ステーターという部品を交換したので、予算金額をはるかにオーバーしてしまったけれど、
やっぱりバイクに乗れるのは嬉しい。
本当は先週にも引取りの予定だったのだが、先週末は腰痛再発で歩行困難に・・・。
寝返りも打てないほど痛みがひどく、先週火曜日には午前半休をもらって病院へ。
まぁ、いつものことだけど、痛み止め薬よ湿布をもらって会社へ。
腰の調子はだいぶ良くなってきたけど、完全復活まではもうちょっとかかりそう。 02 november ジェベル入院僕のジェベル250は只今入院中なのです。
先週、バイクに乗って実家に行くときセルが回りませんでした。
「しばらく乗っていなかったからかな?」
ジェベルにはキック式ペダルが付いているので、そっちでエンジン始動。
動き出せば、全く問題はなかったものの、エンジンを切って、再始動するときセルは動かず・・・。
そろそろ点検の時期だな、と思ってバイクショップへ。
去年バッテリーを換えたばかりなので、充電してもらえば大丈夫かなと思っていました。
今日、バイクショップから電話がありました。
「ステーターが寿命のようで・・・」
「ステーター??」
バッテリーに問題はなかったのだが、ステーターという電気系統の部品が寿命を迎えたようです。
ジェベルを買ってから約5万キロを走ったが、ショップに人によれば、もった方だとのこと。
で、ステーターって何かしら?
バイクは走りながら電気を作って蓄電するようだけど、その蓄電するためのパーツらしい・・・!?
とりさん、説明はこんな感じで合っていますか?
部品注文の上、交換ということで入院期間が延びました。
で、部品代が約3万・・・妥当な金額なのでしょうか?
目指せ10万キロ!という心意気なので、まだまだ乗りますよ。
せっかくの秋晴れの休日にバイクがないのは何ともつらい!
13 oktober もう1年半?まだ1年半?先日、職場での何気ない会話の中で。
「旅人くんはここに来てどれくらいになった?」
「1年半になりました」
「あれっ?そんなもんだったっけ?てっきり3,4年になるものだと思ってたんだけど・・・」
同じようなことを他の人たちからも言われたのは、内心嬉しかった。
「もう1年半」と思うか「まだ1年半」と思うかは人それぞれだと思うが、多少なりとも存在感が出てきたのは嬉しいことだ。
と同時に、任される仕事も増えてくるし、頼まれごとも増えてくる。
忙しい時に、あれもこれもとやるべきことが増えていくと手が回らなくなる。
しかし、頼む人は「こいつならやってくれるだろう」と思っているはず。
松下幸之助の『社員稼業』(PHP文庫)という本の中に、こう書かれている。
>自分は単なる会社の一社員ではなく、社員という独立した事業を営む主人公であり、経営者である、
>自分は社員稼業の店主である、というように考えてみてはどうか・・・自分が社員稼業の店主であるとなれば、
>上役も同僚も後輩も、みんなわが店のお得意でありお客さんである。
小さなことでもコツコツと積み重ねることによって、実力がついていくのだと思う。
一夜にして急成長を遂げることはなくても、昨日より今日、今日より明日、と毎日の積み重ねが大事だと思う。
そんな当たり前のことに、何度も何度も転職を重ね、30代半ばに差し掛かってようやく気がついてきたようだ。
13 september 鉄道博物館へGO!まず始めに言っておこう。
「僕は鉄道オタクではない」と。
JR大宮駅から埼玉新都市交通ニューシャトルに乗り換えて、降り立った駅は…鉄道博物館駅。
ニューシャトルという横文字の名前とは裏腹な、どこかのローカル線を思わせるような小さい車両だった。
駅と博物館は直結しており、ゾロゾロと人の流れに乗って歩いてゆく。
周りは、家族連れが多かったが、カップルや女性もいて、客層は全くオタクっぽくなかった。
いや、30代独身・天気のいい連休中に一人で鉄道博物館へ足を運んでいるこの僕こそ、周りから見たら「オタク」だったかも。。。
それはともかく、入場券を…と、ここはSuicaが使えるのだ。(PASMOはもとより、関西のICOCAも使える)
入場料は一般1,000円。
開館当初は大混雑だったようで、今では少しは落ち着いたかなと思ったがそれでも人は多かった。
僕が入場したときは、ちょうど蒸気機関車のデモンストレーションが始まっていた。
ポオーッという汽笛が館内に響き渡る。
僕はSLに乗ったことも、見たこともないが何故か汽笛の響きが懐かしさを思い起こさせる。
館内は鉄道の歴史が分かるような展示になっており、実際の車体が保存されている。
「うわ~、懐かしい!」と思ったのは、ブルートレイン。
昔に東京~下関間を「あさかぜ」「富士」で乗ったことがあるのだ。
深夜に途中駅で停車し、再び発車するときのガタンという揺れが懐かしく感じる。
国鉄時代の特急列車も懐かしい。
いや、乗ったことはないのだが、そのスタイルと色が歴史を感じさせる。
国鉄が民営化されたときに、僕たち家族は東京へ引っ越してきた。
ちょうど、僕が中学1年生になるときのことだ。
TVニュースでJRの出発を記念するシーンが流れていたが、あれから20年以上経ったのか…。
JNRのロゴも今では見られないわけか。
貨物列車も展示してあった。
これは精悍な顔つきでカッコよかった。
確かこのタイプの車両でブルートレインも牽引していたのではないかな?
そして、ありました!0系新幹線!
今の新幹線はもの凄い流線型になっているけど、こんな丸顔はかわいらしい。
当時、世界最高の技術を結集して作られた新幹線。
日本が元気だった昭和30年代の高度成長期を象徴するようなものだ。
既に東海道新幹線では姿を消した0系。
山陽新幹線でもこの秋で引退が決まっているらしい。
最後くらいは東京~博多間を、食堂車付きで復活させて欲しいものだ。
展示車両は他にも、東北新幹線や通勤型電車、皇室のお召し列車もあった。
館内はとても広く、レストランやショップもある。
お昼はせっかくだから、駅弁を食べよう。
ということで、買ったのはちらし寿司弁当(850円)。
カニやイクラも載っていて見た目も鮮やかで、美味しかった。
屋上が展望デッキになっているので、そこで食べることに。
屋上からは隣りを走る東北・上越新幹線の雄姿や、在来線の姿も見ることができる。
他にも屋外に休憩スペースとして開放してある実際の車両の中でも飲食OK。
ちょっとした旅行気分も味わえる。
ただし、昼時は混み合うのが難点。
昼食後、鉄道模型ジオラマを見た。
解説付きで見ることができ、これはかなりの長蛇の列。
僕はたまたま運よく並ばずに入ることが出来た。
規模の大きなジオラマセットで、子どもたちは大喜びだった。
鉄道模型が通るたびに「でんしゃ!でんしゃ!」と一人の子どもが叫べば、他の子もそれにつられて「でんしゃ!でんしゃ!」と。
子どもたち(特に男の子)にとって、電車と車は永遠の憧れなのかも。
その他、ミニ列車の運転体験コーナーや、運転シュミレーターの体験コーナーもあった。
ちょっとやってみたかったが、45分~60分待ちの札がかかっていたので断念。
ゲームの「電車でGO!」をやるのと同じようなものだから…。
帰りに近所のブックオフで「電車でGO!」を探してしまった僕は…。
冒頭で「鉄道オタク」ではないと宣言したが、「鉄道好き」であることは間違いないようだ。
ちなみに、子どもの頃から地図を眺めては空想の旅に出ていた僕だが、時刻表を見て空想の旅に出ていたことも事実である。
31 augustus 幻と消えた野球場期待を抱いて見ていた北京オリンピックの野球だが、残念な結果の終わってしまった。
最近は野球人気も低迷しており、TVでナイター中継がないこともしばしば。
僕が子どものころは、楽しみにしていたアニメ番組などが野球中継のために潰れて、がっかりしたものだ。
今とは対照的に、昭和20年代~30年代にかけて、日本は野球人気に沸いた(らしい)。
特に戦後、プロ野球球団が次々と誕生した。
今ではなくなってしまった球団もあるが、その変遷を見てみると興味深い。
阪神、南海、阪急、近鉄、東急、西武、国鉄…親会社に鉄道会社が多かったようだ。
戦後の復興と開発に鉄道が大きく寄与した結果なのだろう。
また、東映、大映といった映画会社が親会社だった球団もあり、復興期の国民に「夢」を与えたのだろうと勝手に思ってしまう。
ところで、その球団が使用する球場である。
後楽園球場、甲子園球場などは有名な球場だが、国鉄スワローズの本拠地となったこの球場の名はあまり知られていない。
「グリーンパーク球場」
この球場が誕生する前の話。
この球場ができる前、その場所は中島飛行機の工場があり、主に隼や零戦などの戦闘機を生産しており、日本を代表する航空機メーカーだった。
しかし、終戦後、GHQにより会社は解散、工場は閉鎖された。
ちなみに中島飛行機のエンジン技術を自動車に応用した会社が、富士重工業である。
中島飛行機の工場跡地に建設された球場が「グリーンパーク球場」だった。
終戦後、一帯は米軍に接収され、グリーンパークと呼ばれたことが名前の由来である。
収容人数51,000人というから、現在でも通用する大規模な球場だったらしい。
ここを本拠地にしたのが国鉄スワローズだった。
中央線・三鷹駅から中島飛行機工場引込み線を利用した路線も作られた。
武蔵野競技場線といい、東京駅から直通列車も出ていたようだ。
ちなみに、この武蔵野競技場線は現在では廃線となっている。
グリーンパーク球場は昭和26年(1951年)にオープン。
しかし、砂埃が舞うグラウンドで不評だったらしい。
また、都心から遠く(今となってはいい立地条件だと思うが)、交通の便が悪かった。
そして、神宮球場が米軍から返還されたこともあり、わずか1シーズンで幕を閉じた幻の球場となってしまった。
自分が住むアパートから、歩いてちょっとのところにこんな歴史があったとは驚きだ。
17 augustus お盆も終わり・・・昨日はうだるような暑さだった東京も、今朝は一転して涼しい朝だった。
窓から涼しい風が寝床に入ってくる。
実に心地よい。
このままのんびりと寝ていたいな・・・しかし、今日は当番で出勤なのだ!
寝苦しい夏の夜は鬱陶しいものだが、涼しげな夜というのは少し寂しい気持ちがした。
夏の終わりを名残惜しく感じる気持ちがあるから。
うちの庭でもあと1ヶ月もすれば秋の虫が鳴き始めるだろう。
今週末から夏休みを取る予定。
仕事だけではなく、気分転換も必要だろう。
昨日は近所のスーパーで鰹のたたきが安売りしていた。
普段は飲まない僕だが、滅多に買わないビールを買ってみた…ちなみに250ml缶(^^;
飲めない僕にとっては、これくらいで十分なんです。
10 augustus 心和むものこのところ仕事が忙しく、帰りが遅い日々が続いた。
帰りはかなりのお疲れモードだ。
そんな中、ちょっと心和むものを見つけた。
駅のホームにある大型看板。
ベネッセのカレンダー風の広告だ。
一日一つの目標が書いてあり、「うたをうたう」とか「はやくねる」とか子ども向けの内容だ。
「そとでたべる」
そういえば、庭でご飯を食べてた写真がアルバムにあったなぁ・・・。
「かげをふむ」
お袋に影踏みをして遊んでもらったなぁ・・・。
「あした なにしようかな」
あの頃は明日の予定なんて特に考えることもなく、ただスヤスヤ寝てたなぁ・・・。
子どもだった僕のために父も遅くまで仕事をしていたんだ。
夜遅くに帰宅して、僕の寝顔を見て父は何を思ったんだろう。
そんなことを、22時過ぎの駅ホームでふと思った。
そしたら、ちょっと心が和んだ。
22 juni 妹が嫁ぐ日末っ子の妹が結婚式を挙げた。
幼いと思っていた妹も恋をして結婚をするようになったとは、時の流れを感じてしまう。
僕の5歳の誕生日パーティーは、母の病室であった。
その5日前に妹が生まれたばかりだったのだ。
今でもしっかり記憶に残っている。
母の隣りの小さな布団の中で、「赤い顔をした小さな生き物」が静かに眠っているのを。
僕が小学6年生の時、妹は1年生。
その小学校では6年生の「お兄さん・お姉さん」が1年生のお世話をすることになっていた。
給食当番をしてあげたり、掃除当番をしてあげたり、そういうお世話だった。
僕が妹のクラスに行くと、「お兄ちゃん!」と嬉しそうにしていた妹。
僕が中学に入学すると、もう妹と遊ぶことはなくなった。
そして僕は19のときに家を出た。
僕の中では「幼い妹」というイメージだけが残った。
その妹が神妙な面持ちでバージンロードを歩む。
涙ぐむ母。
僕も目頭が熱くなった。
僕は兄貴として精一杯の拍手を送った。
幸せに向かって羽ばたいていく。
頼るべきは、親父でもなく、お袋でもなく、ましてや僕でもない。
旦那さんと力を合わせて、生きて欲しい。
拍手を送りながら、僕はそう思った。
06 mei 江戸東京たてもの園連休最後のこの日、天気もよかったので都立小金井公園に行ってみた。
家から自転車で軽く走っていたら、いつの間にか着いてしまったというほどの近さ。
広い公園の芝生では家族連れが休日を満喫していた。
この公園内に「江戸東京たてもの園」という施設を見つけた。
歴史的に重要な建物が移築されているという。
入場料400円を払って園内へ。
明治・大正時代の洋館や江戸時代の豪農の家などが立ち並び、タイムスリップしたような気分になった。
農家では実際に囲炉裏に火をくべており、何となく懐かしい香りがする。
煙で虫をいぶす役目があるとのこと。
今風に言えば、バルサンを焚くと言ったところか。
昭和初期の街角が再現されたような箇所がある。
銭湯も移築されていた。
番台があり、籠があって…うちの近所の銭湯は今でも番台スタイルだった。
今はどこの家庭にも風呂があるので、小さい子どもたちにとっては新鮮に映ったようだ。
銭湯、さらに言えば温泉は日本の立派な文化の一つだ。
オーストラリアから帰国して、役1年ぶりに湯につかった時、「あぁ、日本人でよかった~」と思ったものだ。
街角はちょっとした映画のセットみたいな雰囲気だ。
休日にのんびりと訪れるにはちょうどいい場所かも。
地元で意外な穴場を見つけた!
帰りは玉川上水の脇道をサイクリング。
武蔵野の雑木林を思わせる、緑に囲まれた道だ。
05 mei 古都逍遥北鎌倉駅のホームは大変なことになっていた!!
ゴールデンウィークの真っ只中に友達と鎌倉散策へ出かけた。
ある程度の混雑は予想していたが、ここまで混み合うとは…。
電車から降りてホームの端にある改札口まで長蛇の列。
たどり着くのに15分以上かかってしまった。
今回は総勢10名のグループでの行動だ。
”バイク一人旅”のタイトルと全くかけ離れているが、そこは突っ込まないで欲しい。
さて、最初に向かった先は東慶寺―通称”縁切寺”。
その昔、女性から離婚を切り出すことはできなかった。
苦境に立たされた女性はこの東慶寺に駆け込んで夫との縁を切ったそうだ。
僕がこの寺を知ったのは、さだまさしの『縁切寺』という曲の舞台だから。
やはり僕の基準は70年代フォーク・ニューミュージックのようだ。
鎌倉はお手ごろな観光地だけあって、連休中の混み具合は半端じゃなかった。
狭い道路に車が数珠つなぎ状態だ。
鶴岡八幡宮はこの混み具合。
そんな中、ちょっと様子がおかしい車を見つけた。
やがて車内からおじさんが降りてきて、後続の車に何か言っている。
おじさんは車内に戻ったが、車は動き出そうとせず、渋滞の列は伸びていく。
「ん?ひょっとして、バッテリーがあがっちゃって動かなくなったのかな??」
とりあえず、おじさんに声を掛けて、後から車を押した。
バイクなら押しがけができるが、AT車はちょっと無理だろう…。
他の友達も応援にかけつけてくれて、車を停められるスペースまで移動。
あとはJAFを呼んでみて下さい、ということで思いがけないハプニングにも遭遇した。
この日はだいぶ歩いた。
山歩きとは違った雰囲気だ。
確かに疲れはあるのだが、どこか懐かしい気持ちがする。
そうだ!修学旅行みたい!!
総勢10名で建長寺や鶴岡八幡宮などの有名社寺を巡るのは遠い日々を思い出させてくれた。
この日の終わりには由比ガ浜で夕陽を見た。
浜辺で砂取ゲームをするのも一興。
黄昏時の由比ガ浜。♪いとしのエリーを思い浮かべてしまう…。
帰りはみんな心地よい疲れに包まれていたことだろう。
恐らくぐっすり眠れたことだと思う。
みんなは翌日も休みだが、僕は出勤…。
もうちょっと布団の中でウダウダしていたいと思った今朝だった。
03 mei たまにはクラシックもたまにはクラシック音楽もいいかも知れない。
CDショップで買ったのは、ベートーベンのピアノソナタ第14番「月光」。
物悲しくもあり、また神秘的な印象を持たせる旋律だと感じる。
部屋の明かりを消し、カーテンを開けて床に就く。
すると、たった一つの窓から月の淡い光が差し込んでくる…。
昔、好きな人がいたとき。
夜道を歩きながら、白く輝く月を見上げる。
<あの人もこの月を見てるのかなぁ…>
オーストラリアを旅していたとき。
満月を見て、日本を思い浮かべたこともあった。
北半球と南半球とで満月は同じ時に見られるのだろうか??
最近は仕事が忙しく、疲れ気味なので淡い月明かりに包まれて眠りにつきたい。
何となくぐっすり眠れそうな気がするから。
クラシック音楽には興味が薄かったが、「月光」を聴くようになって少し関心が出てきた。
しかし、僕が生まれて初めて買ったレコード(当時はCDはなかった)は、何を隠そうクラシックなのだ。
それは、チャイコフスキーの「白鳥の湖」。
何故それを選んだのかはよく覚えていない。
TVアニメで「白鳥の湖」をやっていたからかも知れないし、小学校の授業で聞いたからかも知れない。
小学5年生にしては一風変わっている。
それが大人になると、こんな風な変わり者になる(笑)
20 april もういいでしょう「助さん、格さん、もういいでしょう!」
これは黄門様が悪人たちを懲らしめて、もう十分だと判断したときに発する決めゼリフ。
さすがに5年も使えば十分だろう。
こちらはケータイのお話。
前回の記事でちょっとケータイの不具合について書いた通り、僕のケータイは”ご老公”の域に達しているのだ。
とりさんからのコメントにある通り、データ消滅は面倒なことになるなと思い、機種変更を決意し、いざショップへ。
僕:「すみません、機種変更を考えているのですが…」
店員さん:「お客様のご希望はございますか?」
僕:「電話とメールができれば十分です。できれば、シンプルで使いやすいのをお願いします。」
店員さんはワンセグとか海外でも使えるとか、何チャラ機能だとか、いろいろ説明してくれたけど、よく分からん…。
正直なところ、ケータイにこだわりは無く、メールをするのはPCの方が打ちやすいと思っている僕。
よく電車の中で、まるでピアニストのような華麗さでメールを打っている人を見かけるが、よく指がつらないなぁと感心してしまう。
ど・れ・に・しようかな…えいっ、これで!とその場で即決。
手続きも30分位で終わるとのこと。
僕:「古いケータイに入っているデータは移してもらえるんですよね?」
店員さん:「はい、電話番号とメールアドレスは移せます。」
僕:「ひょっとして、遠赤外線ナンチャラっていうやつですか?」
店員さん:「はぁ?」
遠赤外線は膝や腰のサポーターに使うものだった…それを言うなら赤外線だった…(T_T)
また余計な事を言ってしまったよ…トホホ。
というわけで、今、手元には新しいケータイがあるわけなのだが、その持ち合わせた機能を全て発揮することなく
また数年後に機種変更を迎えることだろう。また数年間も使うつもりなのだろうか??
12 april 遅刻とケータイ今週の木曜日に、初めて会社に遅刻してしまいました。
理由は、JR中央線火災&山手線信号トラブルのダブルパンチを受けたから。
僕は普段、総武線を使っていますが、中央線運転中止の影響で総武線も混雑。
電車は大幅に遅れてようやく新宿駅に着いたと思いきや、今度は山手線運転中止のアナウンスが。
仕方なく湘南新宿ラインに乗ろうと思い、そちらへ向かいましたが、通路は人で溢れかえっていました。
ホームにたどり着けるような状態ではなく、新宿駅は大混乱。
将棋倒しになるんじゃないかと思うほどでした。
「こりゃ、遅刻するな」と思ったので、ケータイで会社へ電話をかけました。
しかし、何故か電話がつながりません。
上司にメールをしてみましたが、こちらも送信できません。
久しぶりに駅の公衆電話を使いました。
ケータイがなかった時代は、こんな事態のときは、公衆電話に長蛇の列ができたことでしょう。
ようやく山手線が動き出し、10分遅刻で会社に到着。
朝からクタクタになってしまいました。
ケータイが使えなかったことを同僚に話すと、「ソフトバンクは通信障害があったみたいだよ」と教えてくれました。
でも、ソフトバンクのホームページを見ると既に復旧済みとのこと。
僕のケータイは使えないまま…。
翌日、昼休みに会社の近くのソフトバンクショップへ相談に行きました。
いや、相談というよりも、「どうなってるんだ!」と文句を言いたいくらいの意気込み(?)でした。
受付のお姉さんに事情を話して、ケータイを見てもらいました。
あちこち触って、「じゃあ、テストメールを送信してみますね」とテストしてみると、正常に受信!
電話をかけてみると、こちらも正常に着信!
「な、何がいけなかったんでしょう??」
「さぁ…また不具合があればご相談下さい」
お姉さんに触ってもらって僕のケータイも元気が出たのだろうか??
原因は不明だけど、直ったからいいか。
ちなみに、僕のケータイはもう5年前のもの。
いまだにJ-PHONEのロゴが入っています(笑)
02 maart ミス連発先週は仕事でミスが続いた。
いずれも僕の登録ミスによるものだった。
まだ自分の失敗を自力で挽回できるほどの力があるわけではない。
月末で忙しいというのに、先輩や上司に余計な仕事を増やしてしまったのである。
自分がミスを犯した箇所を先輩や上司に説明されると、なるほどその通りと理解できる。
つまり、理解できるようなレベルの間違いをしてしまったのだ。
登録後の確認不足と言ってもいいだろう。
未知の領域に挑戦して、結果的に失敗してしまったのならともかく、今回は単なる凡ミス。
「なぜ確認することを怠ったのか」と考えると、自分自身に対して歯がゆい思いが湧き上がってくるのだ。
一方、先輩や上司は叱りはするが、決して頭ごなしに怒鳴りつけるということはなく、事態の収拾に向けて動いてくれた。
心の中では「全く余計な仕事を増やしやがって」と思っていたかも知れないが、そのような様子を見せることはなかった。
周りの指導・協力の甲斐あって、事態は比較的小規模なもので収束した。
あまり細かいことは気にせず、マイペースな僕でも、さすがに落ち込んだ。
月・水・金と週3回もミスが次々と発覚したので、すっかり自信を失いかけていた。
特に金曜日は昼食をとるような気分ではなかった。
そんな様子を見て、上司が金曜の夜に声を掛けてくれた。
ミスはミスで反省しなければならない。
しかし、誰でもそういう「痛い思い」をして学習していくものだ。
これくらいのことでくよくよ考えていてはダメだ。
お前はもっと積極的に、そして、さらにやるべきことがたくさんあるんだぞ。
立飲み屋で上司がそう励ましてくれた。
本当に見込みのない奴だと思ったら、わざわざ声を掛けることもないだろう。
それこそ、怒鳴りつけて終わり、というパターンだろう。
叱咤激励をするということは、僕にもっと成長して欲しいという期待の表れだと思う。
その期待に応えるべく、今週もがんばろう!
23 februari 春一番それにしても凄い風でした。
僕が乗っていた総武線の電車が中野駅手前で緊急停車。
理由は…強風で飛ばされたトタンが架線にひっかかったそうです。
上空は黄砂が飛んできたのかと思うほど、昼間なのに日差しを遮っていました。
後で知ったけど、”煙霧”と言うそうです。
新宿の高層ビル群が煙でかすんで見えました。
家に帰ると、案の定、外に干した洗濯物は風に飛ばされていました…。
せっかく洗ったのに、ほこりっぽくてまた洗い直すはめになりました。
今日の強風は、春一番だそうです。
今年の冬は雪が何度も降ったりして、寒いと思っていただけに、”春一番”と聞くと少しホッとします。
春一番と言えば…♪雪がとけて 川になって 流れていきます と、キャンディーズを思い出します。
いや、正確に言うとすれば「思い起こす」です。
リアルタイムで見ていませんから…本当ですよ(笑)
You Tubeで見てみると、歌は上手いし、かわいいし。
今と比べて、当時の曲はメロディーが馴染みやすく、歌詞に意味があるように感じます。
カラオケに行って「木綿のハンカチーフ」を歌ってくれるような娘がいたら惚れてしまいます(笑)
いるわけないですね…生まれる時代を間違えました。
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